荒巻 慶士

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2019.03.21

その他

また桜の季節が

 桜の季節がまたやってくる。

 光に溶け込みながら浮かび出る淡い影を思っているうちに、あふれるように咲いて、たちまち風に舞い落ちる。だれのもとにも等しく現れるこの瞬間は、わかっていてもうれしいものだ。もしもこの情景がこの世からなくなってしまったら、どんなに寂しいことだろう。

 桜は染め物の原料になるとのこと。その桜色はどこから取るのかというと、花びらではなく、そのごつごつした樹皮からだと、染織家の志村ふくみさんの話として伝えていたのは、子どものころに読んだ国語の教科書に載っていたエッセイだ。

 春にしか見えないその色は、暑さ寒さを耐えてきたその胴体の内部で、深く濃く隠されている。桜は、夏には虫がついて、実は手のかかる樹木とも聞く。

 わがふるさとの庭にも、桜の木がある。

 母が20年かわいがっていた愛犬を埋葬し、そこへ植えた木である。毎年大きくなって、春にはきちんと花を咲かせてくれる。

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