後藤 慎吾

UPDATE
2018.10.10

その他

教えるということ

ある大手IT企業の法務部からの依頼で法務教育プログラムの企画・運営の仕事をしています。このプログラムの目的は「よりよい法律文書を作成できるようになる」というものです。私から月1回出題する企業法務に関する問題について、①数名の若手法務部員が答案を作成し、②私がそれについて添削を行い、③法務部員が私のコメントを前提に答案を修正し、④私が修正案について再度コメントをした上で、⑤最後に私が1時間程度のミーティングで①~④の過程で気づいた問題点などを踏まえて法律文書の作成法や法的な物事の考え方(リーガルマインド)などについてレクチャーすることになっています。さすがに、今を時めくIT企業の意欲にあふれた方々が受講者ですので、私の方でも、毎回、受講者の皆様にとって少しでも収穫のあるものにするために懸命に取り組んでいます。

 

クライアントやセミナー会社などから社内のコンプライアンス研修や外部セミナーの講師の依頼を受けることも多いのですが、できる限りお受けするようにしています。貴重な時間を割いて私の言葉を聞いて下さる受講者の方々に対して、わかりやすく、かつ、実務を行う上で有用な情報を提供できるようにするためには、私自身が、それまで身につけた知識をブラッシュアップし、また、理解が不足している事柄については様々な文献を読み込んだうえで、個々の情報をつなぎ合わせて体系化することが必要になります。普段の仕事で行っているリサーチでは自分自身が理解できればそれでよいわけですが、レクチャーの準備のためにするリサーチの場合には、それ以上のより深いレベルでの理解が求められることになります。たとえ自分が演題について豊富な知識や経験を有していると考えたとしても、今一度学びなおすことが当然の前提となるわけです。

 

というわけで、私は先述の法務教育プログラムやコンプライアンス研修などで講師役を一応務めてはいるものの、実はそこで最も多くの学びを得ているのは私自身なのかもしれません。クライアントにはこのような貴重な機会を頂けることに心から感謝しています。

後藤 慎吾

UPDATE
2018.08.27

その他

民法改正とノスタルジア

今月、私が監修した民法(債権関係)改正に関する記事が創業手帳Webというウェブサイトに掲載されました(https://sogyotecho.jp/civil-law-amendment/)。民法の債権関係の規定は、同法の制定以来約120年の間、ほとんど改正されることはありませんでしたが、昨年5月にこの分野の全面的な見直しを目的とした改正法案が成立し、2020年4月1日に施行されることになっています。

 

随分と昔の話になりますが、私が司法試験の受験を決意して法律の勉強を始めたころの民法の第1編(総則)・第2編(物権)・第3編(債権)は、片仮名・文語体で表記されていました。例えば、民法第1条第1項は「私権ハ公共ノ福祉ニ遵フ」、同条第2項は「権利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要ス」といった具合です。初めて六法全書を開いたときに目に飛び込んできたこのような難解な条文の表記方法に面食らったのをよく覚えています。戦後、新たに制定する法律はすべて平仮名・口語体で表記されるようになりましたが、明治29年に制定された民法の第1編から第3編については平成17年まで片仮名・文語体の表記が維持されていました。今は、民法の第1編から第3編も現代語化されており、民法第1条第1項は「私権は、公共の福祉に適合しなければならない。」、同条第2項は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と規定されています。

 

今回の民法の債権関係の規定の改正項目は200程度あり、非常に広範なものになっています。弁護士が仕事をしていくために民法の理解は必須であり、私も時間を見つけて改正民法の勉強をしているところです。司法試験の勉強をしていたころは毎日のように民法の基本書を読み込んでいたものですが、弁護士として仕事をするようになってからは、依頼を受けた案件を解決するために必要な限度で民法の条文や関係する文献を検討することはあったものの、民法について網羅的・体系的に勉強することはありませんでした。今、個別の案件から離れて改正民法の勉強をしていると、法律家になることを夢見てあの難解な片仮名・文語体の民法と日々格闘していた若かりし頃の自分を思い出し、少しセンチな気持ちになったりしています。

後藤 慎吾

UPDATE
2018.06.13

その他

最善手

先日、自宅近くで催されている将棋教室で高野智史四段に将棋をご教示いただきました。たまたまその前の週に、NHK教育テレビで毎週放映されているNHK杯選で高野先生が永瀬拓矢七段に快勝されたのを拝見していたので、こちらは勝手に緊張しながら指しました。高野先生の飛角桂香6枚落ちでしたが、その一手一手に、ああそうか、と思わされることがあり、とても勉強になりました。

 

将棋は、一戦一戦に必ず勝者と敗者が存在することになります。勝ち負けを競うことを職業とする人のことを勝負師といいますが、まさに棋士はその代名詞です。翻って、私たち弁護士が日常取り扱っている訴訟も、この業界以外の方からしてみれば、勝訴と敗訴に分かれることになり、勝ち負けがはっきりする仕事だと思われるかもしれません。しかし、将棋の世界とは相当に様相が異なります。

 

まず、将棋は棋士の実力だけが勝敗を分けることになります。対局が始まるときには、先手・後手の駒の配置は全く同じであり、そこからどのように陣形を組み立てていくかはその棋士次第です。それに対して、訴訟では、弁護士が依頼者から相談を受けた段階で、そこで説明を受けた事実関係や証拠資料から事件の見通しがつき、勝敗がある程度予想できることも少なくありません。

 

また、将棋は勝ち負けが必ずつきます。それに対して、訴訟では、必ず判決で100%の勝ち負けが決まるというわけではなく、例えば、民事訴訟では一部認容(勝訴)判決が下されることもありますし、判決の前の段階で原告・被告間の和解(合意)により、一方が70%勝ち、他方が30%勝ち、というような解決の仕方が採られることもあります。当事者間で紛争になり弁護士が介入するような事件では、双方ともに相応の言い分を有している場合もあるのです。

 

このように将棋と訴訟とでは勝敗のつけ方が異なるわけですが、私は、訴訟などの紛争解決の依頼があった場合には、事実関係や証拠資料から的確に見通しをつけ、たとえそれが依頼者にとって不利なものであったとしても、そこであきらめず、できる限り有利な方向に導けないかを考えるようにしています。将棋の用語で最善手という言葉があります。その局面において最も良い手という意味であり、棋士は対局において常に最善手を繰り出そうと必死になって読みを働かせるのです。この点は弁護士も同様であり、私は、問題となっている事件において依頼者のために最善手が何であるかを粘り強く探ることを心がけています。

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