後藤 慎吾

UPDATE
2021.10.14

その他

本を書く

先月、出版社から、私が執筆した書籍「適格機関投資家等特例業務の実務」が増刷されたと連絡を受けた。以前1度増刷されているので、今回が第3刷ということになる。上梓してから4年以上が経つが、今でも買い求めてくれる方がいるのは正直うれしい。

 

今、新しい本を書いている。書き始めたのは今からちょうど2年前のことだ。出版社の当時の企画書を見ると、本来であれば今年の春に出版されることになっているのに、いまだに終わっていない。何度も締め切りを延ばしてもらい、編集者には迷惑をかけている。それでもようやく8合目まできた。来年の春には何とか世に出せればと思っているがさてどうなることやら(汗)

 

私の本業は弁護士業だから、執筆活動は、執務を終えた後の夜遅くや週末に行わざるをえない。これまで寸暇を惜しんで筆を進めてきたが、今回の書籍で取り組むテーマの奥深さゆえに、終わりが見えず執筆を引き受けたことを後悔したこともあった。しかしゴールにたどり着かなければこのしんどい生活は終わらない。ここまできたら最後までやるしかないと気持ちを奮い立たせて毎夜机に向かう。

 

法律書を書くということは、説明の対象となる法律に関係する無数の情報を収集し、自ら咀嚼した上で、それを取捨選択し、体系的に整理して、読者にわかりやすく表現することである。事務所の執務室にある私の机は、今回の執筆のために読み込んだ書籍や資料の山に囲まれている。我ながら、この2年間よく勉強した。新しい書籍が無事刊行されたら旅に出たいと思っている。

後藤 慎吾

UPDATE
2021.08.11

その他

左利き

私は左利きだ。

 

ただ、子供のころに字の書き方と箸の持ち方は右手に変えたので、その限りでは両利きなのだが(むしろ今は左手の方が下手になっている)、ボールを投げるのも、じょうろで花に水をあげるのも、何をするにも、そのほかはすべからく左手でしないとどうしようもない。箸は右手にしたが、スプーンやフォークは右手にしなかったので、今も左手で使う。だから、右手で箸を、左手でスプーンを同時に使うという器用な芸当ができるから、他の人より早く食べることができる。

 

人間の9割が右利きであり、左利きは1割に過ぎないといわれるから、この世の中のほとんどの仕組みは右利きの人のためにできているといってよい。右利きの人にはわからないのだろうが、左利きであることによる不便は多い。人生の中で一番辟易としたのは、ゴルフの打ちっぱなしで、左利きの人は、端っこに追いやられた左利き専用のいくつかのボックスでしか打つことができないことだった(アメリカではそんなことはなかったのだが)。

 

息子も左利きだ。遺伝するらしいとは聞いていたが、ほんとうに遺伝した。

 

私が子供のときに右手で鉛筆や箸を使うようにしたときの苦労を思うと、息子にどのように指導したらよいかは悩んだ。ただ、日本語の横書きや英語、フランス語などで文章を書くときは左から右に書くようにできており(これも右利きのための仕組みの一つだ)、左手で文章を書くのはやりにくいことこの上ない。このような個人的な経験から、息子にも右手で書くように指導した。箸は左手でも不便しないし、息子も嫌がったので、今も左手のままだ。

 

このように苦労だらけの左利きなのだが、私は左利きである自分が少し好きだ。これは何とも言えない不思議な感情なのだが、少数者としての矜持というのか、社会から不便を強いられてきたことへの反抗心とでもいうべきか。左利きの人同士が近しい感情を抱くのは、少数者の間の連帯感やそれぞれが日常生活の中で苦労した思いを心のうちに共有できるからなのだろう。この感覚、右利きの人には絶対わからないんだろうなあなどと思いながら、真夏日の今日も左手でうちわを扇いでいる。

後藤 慎吾

UPDATE
2021.06.14

その他

B’z

通勤や犬の散歩をする際に音楽を聴くことが多い。サブスクリプション(定額制)の音楽配信サービスに加入しているので、その日の気分によって聞く音楽はロック、ポップス、R&B、EDM、ジャズ、クラッシック・・・と節操がない。ところが最近はずっとB’zを聴いている。先月ようやくB’zの楽曲のサブスクリプションでの配信が解禁されたのだ。

 

私が初めて購入したCDはB’zの「LADY NAVIGATION」だった。確か中学2年生のころのことで、それ以来B’zが好きになり、中学を卒業するくらいまでB’zの音楽を毎日のように聴いていた。好きが高じて「BAD COMMUNICATION」のころの稲葉さんの髪型をまねてみたりもした。B’zは私の青春を彩る音楽の重要な部分を占めていた。

 

私がバークレーに住んでいたときに、B’zがとなり街のサンフランシスコでライブをしたことがあった。B’zは日本ではドームなどの大規模会場でライブを行うのだろうが、サンフランシスコでは小劇場のようなところでの公演だった。私は開演の相当前の時間に会場に行って最前列に陣取った。手を伸ばすとあともう少しで稲葉さんに届きそうな距離だった。ライブの中盤で「Easy Come, Easy Go!」が演奏されると不思議と涙が出た。多感な時代に聴いていた音楽を大人になったあとに聞き直すと、その頃の様々な出来事や感情が思い返されてくるのだ。私にとって「Easy Come, Easy Go!」は特別な曲だった。

 

今、松本さんは60歳、稲葉さんは56歳だという。かくいう私も43歳になった。当時のB’zの楽曲は永遠に不変だが、演奏者や聴衆はそうはいかない。「BE THERE」を聴きながら、人は年を取るのだという当然なことの意味をかみしめた。

ページトップ