荒巻 慶士

UPDATE
2022.03.17

その他

つながっている

 この数週間、胸のつかえと心底のおりのようなものを感じて、寝ても起きても気が晴れない。ウクライナ情勢のことだ。

 空気の緩むこの時期に、連日死者の報道がなされ、3.11を控えて原子力発電所への攻撃が伝わる。この100年の歴史の教訓とは何だったのか。憂鬱の念に襲われる。

 

 振り返れば前兆はあった。ロシアに関して言えば、クリミア半島の併合を指摘されるが、例えば、このコラムでも取り上げた香港の非自由化・非民主化をなすすべもなく既成事実化された現実は、有無を言わせぬ隣国への侵攻につながっているのではないか。

 今こそグローバル社会における自由や民主主義の価値を確認し、強い関心をもってこれを守るためのコストを負担する覚悟が必要だろう。

 

 一つの光明は、SNSに見るような個人による現場からの発信や国境を越えた情報の連携である。かつてのように権力が情報を遮断し、民意を操作し切るのは難しくなっている。国を成り立たせている個人は、歴史から戦争の無益と悲惨を十分に学んでいると信じ、つながっていたい。

 

荒巻 慶士

UPDATE
2022.01.20

その他

旅心に誘われて

 ふと思い立って旅に出る。そんなことをしなくなってどれくらい経つだろうか。逃れがたいスケジュールに、ここへ来てコロナの追い打ちである。先が見えないだけに、旅への思いは募るばかりだ。

 

 20代のころ、アメリカに留学し、帰国前に、長距離バスで大陸を横断した。ニューヨークからシカゴへ、シカゴからニューオリンズに、ロッキー山脈を越えてサンディエゴ、北上してサンフランシスコへという行程だった。宿も決めない、出たところ如何の若さに任せた旅だった。

 記憶には匂いが伴う。バスから降り立つと、胸を満たすのは、アスファルトに積もった、底冷えする夜の雪、雑踏のほこりや、砂漠の乾いた風、温泉の蒸気‥‥。その肌に触れるに近い感覚は、バーチャル旅行ではもちろん味わえない。マスク姿では半減、興ざめだろう。

 

 コロナ下で、顔と顔、手と手を介しない情報のやり取りは、ますます増えていくに違いない。このようなコミュニケーションもおろそかにできないことは承知している。長期戦に備えて、わが事務所も法的サービスのあり方を改めて考えているところだ。裁判所の手続も電子化が急ピッチで進んでいる。

 それでも、生の〝触感〟は代えがたいものがある。窮屈さからいずれ解放される時を心待ちにしながら、旅への夢想を膨らませている。

荒巻 慶士

UPDATE
2021.11.12

その他

亡くなった方たちとの出会い

 相続財産管理人の仕事を始めて10年以上になる。家庭裁判所は、原則として利害関係のない第三者を選任するから、管理する財産の持ち主とは、亡くなってからの出会いとなる。これまでにこうして出会った方たちは何十人になるだろうか。

 

 相続財産管理人の選任を求めるのは、亡くなった被相続人の債権者や被相続人の財産を現に管理している者などの利害関係者だ。法定相続人がいなかったり、いたとしてもみな相続放棄をしたりして、相続人が不存在である場合に選任される。

 管理人は、被相続人の財産の有無・内容を調査し、その債権は回収し、財産は売却するなど換価して、管理・処分の上、債権者に弁済するといった仕事をする。

 

 自宅を遺して亡くなった方については、主を失った部屋に立ち入らせてもらうことになる。過去数十年に及ぶような公共料金の領収書類が整然と収納されているのを見つけ、几帳面な人柄に触れたり、楽器やカメラ、書籍などによりその趣味が窺われることも多い。

 家族のアルバムや親しい間柄の方からと思われる手紙にしばし見入り、生前の元気な姿が偲ばれて、しんみりすることもある。

 

 職務としては、経済的な側面を処理すれば足りるわけだが、室内に遺骨が残されていたり、位牌や仏壇が置かれていることも。そのような場合には、菩提寺に納骨、供養したり、墓じまいをしたり、お焚き上げを依頼することもある。

 会ったことのない方々だが、寄り添う気持ちを持って仕事を進めるように心がけている。もっとも、見ず知らずの弁護士の心配りも行き届かないことだろう。本人もどこかで、思わぬ死後の展開に意外な思いをしているのではないか。遺言書の作成など、「終活」をお勧めしたいところではある。

 

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