荒巻 慶士

UPDATE
2022.01.20

その他

旅心に誘われて

 ふと思い立って旅に出る。そんなことをしなくなってどれくらい経つだろうか。逃れがたいスケジュールに、ここへ来てコロナの追い打ちである。先が見えないだけに、旅への思いは募るばかりだ。

 

 20代のころ、アメリカに留学し、帰国前に、長距離バスで大陸を横断した。ニューヨークからシカゴへ、シカゴからニューオリンズに、ロッキー山脈を越えてサンディエゴ、北上してサンフランシスコへという行程だった。宿も決めない、出たところ如何の若さに任せた旅だった。

 記憶には匂いが伴う。バスから降り立つと、胸を満たすのは、アスファルトに積もった、底冷えする夜の雪、雑踏のほこりや、砂漠の乾いた風、温泉の蒸気‥‥。その肌に触れるに近い感覚は、バーチャル旅行ではもちろん味わえない。マスク姿では半減、興ざめだろう。

 

 コロナ下で、顔と顔、手と手を介しない情報のやり取りは、ますます増えていくに違いない。このようなコミュニケーションもおろそかにできないことは承知している。長期戦に備えて、わが事務所も法的サービスのあり方を改めて考えているところだ。裁判所の手続も電子化が急ピッチで進んでいる。

 それでも、生の〝触感〟は代えがたいものがある。窮屈さからいずれ解放される時を心待ちにしながら、旅への夢想を膨らませている。

荒巻 慶士

UPDATE
2021.11.12

その他

亡くなった方たちとの出会い

 相続財産管理人の仕事を始めて10年以上になる。家庭裁判所は、原則として利害関係のない第三者を選任するから、管理する財産の持ち主とは、亡くなってからの出会いとなる。これまでにこうして出会った方たちは何十人になるだろうか。

 

 相続財産管理人の選任を求めるのは、亡くなった被相続人の債権者や被相続人の財産を現に管理している者などの利害関係者だ。法定相続人がいなかったり、いたとしてもみな相続放棄をしたりして、相続人が不存在である場合に選任される。

 管理人は、被相続人の財産の有無・内容を調査し、その債権は回収し、財産は売却するなど換価して、管理・処分の上、債権者に弁済するといった仕事をする。

 

 自宅を遺して亡くなった方については、主を失った部屋に立ち入らせてもらうことになる。過去数十年に及ぶような公共料金の領収書類が整然と収納されているのを見つけ、几帳面な人柄に触れたり、楽器やカメラ、書籍などによりその趣味が窺われることも多い。

 家族のアルバムや親しい間柄の方からと思われる手紙にしばし見入り、生前の元気な姿が偲ばれて、しんみりすることもある。

 

 職務としては、経済的な側面を処理すれば足りるわけだが、室内に遺骨が残されていたり、位牌や仏壇が置かれていることも。そのような場合には、菩提寺に納骨、供養したり、墓じまいをしたり、お焚き上げを依頼することもある。

 会ったことのない方々だが、寄り添う気持ちを持って仕事を進めるように心がけている。もっとも、見ず知らずの弁護士の心配りも行き届かないことだろう。本人もどこかで、思わぬ死後の展開に意外な思いをしているのではないか。遺言書の作成など、「終活」をお勧めしたいところではある。

 

荒巻 慶士

UPDATE
2021.09.21

その他

スープ

 涼しくなり、温かいものを口にしたくなる日も増えてきた。

 よくランチに訪れるイタリアンの店では、パスタと一緒にサラダかスープを出してくれる。以前からスープ派なのだが、その日は一層スープをおいしく感じたので、柔らかな滋味はどこから来るのか、思い切って尋ねてみた。

 イタリア人のシェフは、イタリア語でも英語でもなく、「トリのモモです、骨付きの」と流暢に答えてくれた。

 

 そこで、思い立って、この連休に食材を買いに行き、野菜たっぷりで身体にやさしい、このスープの再現に挑むことにした。

 骨付きのモモ肉がなかったので、手羽元で代用。野菜は小さく刻み、玉ねぎ、人参、ズッキーニをじっくり炒め、大根、ブロッコリー、しめじと合わせて煮込んだ。

 

 ネット上のレシピの力も借りて出来上がったその味は、馴染みの店の味とは少し違った。それでも、スプーンを口に運ぶと、豊かなうま味が広がった。

 家族もおかわり、と好評で、鍋いっぱいに作ったが、あらかたなくなった。

 秋の始まりにふさわしい一日だった。

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