荒巻 慶士

UPDATE
2018.09.24

企業法務関連情報

アウトか、セーフか

 ハラスメントの事案が増えています。

 

 その相談を時々受ける先の会社で、ハラスメントの防止に向けて社員を啓発するパンフレットを作ることになり、その内容をレビューして意見を述べる機会がありました。このほど完成した「ハンドブック」を送っていただいたのですが、多色刷りのしゃれた装丁で、イラストも豊富で読みやすく、適量であるのに内容も充実、見事な出来栄えでした。

 

 セクハラと聞いて、みなさんはどのようなケースを思い起こされるでしょうか。職場の力関係にものを言わせて性的関係を強要する場合? パワハラというと、気に入らない部下の仕事ぶりを毎日のように罵倒するといった場合でしょうか。たしかにこれらは典型例ですが、そんなのだめだなのはわかっているという方が多いのではないでしょうか。先に紹介した小冊子の特徴は、セクハラ、パワハラ、それぞれに多くの事例が掲載され、しかも割と微妙で、ある意味リアルな具体例が並んでいるところです。

 

 例えば、セクハラでいうと、「今日もかわいいね」という誉め言葉はどうかとか、取引先から、女性を連れてきてと頼まれたので部下に酒席に同行してもらった場合や、仕事が一区切りしたところで慰労のために部下を1対1で飲みに誘うケースなどが取り上げられています。いかにも現実にありそうな状況は、「パワハラ編」でも続きます。ミスを注意する際に、職場のほかの者をccに入れてメールで叱責する、「明日の有休は何するの」とチェックを入れる、などなどです。

 

 そんなこともできないの? うかつに注意もできないな、頑張ってもらおうとしただけなのに、ハラスメントといわれるくらいなら放っておこう…。そんな声が聞こえてきそうです。挙げられている事例も、常に必ずセクハラ・パワハラに該当するとは言い切れないもので、くわしい経緯・状況などによって、社会通念に照らして違法性が問われることになります。ただ、ハラスメントが懸念される場面であるといえるでしょう。

 

 形式的にこれはアウト、これはセーフと覚えても意味はありません。知らない場合はとりあえずやめておくということになれば、萎縮の弊害になりかねません。職場にはいろんな感じ方、考え方の人がいることを前提に、これって嫌がらせに至っていないか、自らの振る舞いをその時々の状況で考えてみることが大切です。

 

 さて、我が身を振り返り、自分の言動で秘書や同僚に不快な思いをさせていないか…。人間関係って、難しいものですね。

後藤 慎吾

UPDATE
2018.08.27

その他

民法改正とノスタルジア

今月、私が監修した民法(債権関係)改正に関する記事が創業手帳Webというウェブサイトに掲載されました(https://sogyotecho.jp/civil-law-amendment/)。民法の債権関係の規定は、同法の制定以来約120年の間、ほとんど改正されることはありませんでしたが、昨年5月にこの分野の全面的な見直しを目的とした改正法案が成立し、2020年4月1日に施行されることになっています。

 

随分と昔の話になりますが、私が司法試験の受験を決意して法律の勉強を始めたころの民法の第1編(総則)・第2編(物権)・第3編(債権)は、片仮名・文語体で表記されていました。例えば、民法第1条第1項は「私権ハ公共ノ福祉ニ遵フ」、同条第2項は「権利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要ス」といった具合です。初めて六法全書を開いたときに目に飛び込んできたこのような難解な条文の表記方法に面食らったのをよく覚えています。戦後、新たに制定する法律はすべて平仮名・口語体で表記されるようになりましたが、明治29年に制定された民法の第1編から第3編については平成17年まで片仮名・文語体の表記が維持されていました。今は、民法の第1編から第3編も現代語化されており、民法第1条第1項は「私権は、公共の福祉に適合しなければならない。」、同条第2項は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と規定されています。

 

今回の民法の債権関係の規定の改正項目は200程度あり、非常に広範なものになっています。弁護士が仕事をしていくために民法の理解は必須であり、私も時間を見つけて改正民法の勉強をしているところです。司法試験の勉強をしていたころは毎日のように民法の基本書を読み込んでいたものですが、弁護士として仕事をするようになってからは、依頼を受けた案件を解決するために必要な限度で民法の条文や関係する文献を検討することはあったものの、民法について網羅的・体系的に勉強することはありませんでした。今、個別の案件から離れて改正民法の勉強をしていると、法律家になることを夢見てあの難解な片仮名・文語体の民法と日々格闘していた若かりし頃の自分を思い出し、少しセンチな気持ちになったりしています。

荒巻 慶士

UPDATE
2018.07.25

最近の法律関係情報

働き方改革関連法の成立

 

 働き方改革関連法案は、平成30年5月から6月にかけて、衆参両院を通過し、同法は成立しました。施行の時期は改正の内容により異なりますが、平成31年4月1日を基本として、順次施行されることになります。その内容が、多数の労働関連法規にまたがり、法律名を改めたり、ある法律の内容を別の法律に移したりという大がかり、かつ重要なものであることは、すでにこのコラムで述べましたが、今回は、その中身を具体的にご紹介したいと思います。

 

 まず、長時間労働を是正するために、時間外労働について上限が画されます。月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む。)、2か月ないし6か月の各平均で80時間(同)が限度とされ、罰則をもって規制されることになります。

 中小企業については、月60時間超の時間外労働に対する50%以上という割増賃金率の適用が猶予されていましたが、その猶予措置は廃止されることになりました。これは平成35年4月1日に施行される予定です。

 また、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対しては、使用者はそのうち5日について、毎年、時期を指定して与えなければならないとされました。

 

 次に、多様で柔軟な働き方を実現するために、フレックスタイム制の清算期間の上限が1か月から3か月に延長されることになりました。

 また、国会で野党の強い反対を受けていた、いわゆる高度プロフェッショナル制度が創設されました。これは、特定の高度に専門的な業務に従事する高年収の労働者について、労働基準法上の労働時間・休日等の規制の適用を除外するというものです。過重労働に対する懸念を考慮して、年間104日の休日が確実に取得されることなどの健康確保措置を講じることや、本人の同意や委員会の決議等を要件として、適用されることとされています。適用対象となる業務や年収の基準については、今後、厚生労働省令で定めることになっていますが、金融商品の開発・ディーリング、アナリスト、コンサルタント、研究開発などの業務が念頭に置かれ、年収1075万円の水準が参考とされています。

 

 雇用形態に関わらない公正な待遇の確保、すなわち、いわゆる非正規雇用による格差の是正も重要な改正のポイントです。

    まず、短時間(パートタイム)・有期雇用労働者に関しては、正規雇用の労働者との間で、不合理な待遇格差が禁止されていましたが、その不合理性の判断については、個々の待遇ごとに、その待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断される旨が明確化されました。これは、平成30年6月1日になされた2つの最高裁判決(ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件)においてなされた検討の方法と同様のものです。なお、有期雇用労働者について不合理な待遇格差を禁止していた労働契約法20条は、法律名を「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理に改善等に関する法律」に変更したパートタイム労働法内に収容されることになっています。

    また、短時間労働者については、すでにパートタイム労働法に規定がありましたが、有期雇用の労働者についても、職務内容と職務内容・配置の変更範囲が同一である場合には、均等の待遇を確保しなければならないことになりました。

 他方、派遣労働者については、派遣先の労働者との均等・均衡待遇、一定の要件(同種業務の一般の労働者の平均的な賃金と同等以上の賃金であること等)を満たす労使協定による待遇のいずれかを確保しなければならないこととし、その公正な待遇が図られるように定められました。

 このような正規雇用労働者との待遇差の内容・理由等については、短時間労働者・有期雇用労働者・派遣労働者から求めがあった場合、使用者はこれを説明する義務を負うこととされています。雇用する側の会社としては、雇用形態による待遇差について合理的な説明ができるように、処遇を検討する必要が出てきます。

 このような非正規格差是正に関する改正は、平成32年4月1日に施行されることになっています。

 

    以上個々の規制について紹介をしてきましたが、今回の法改正については、背景にある理念に注意が必要です。

 雇用対策法は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」という名称に変更され、その目的には、「労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上を促進」することが加えられています。この理念が、労働時間の短縮や多様な就業形態の普及、雇用・就業形態の異なる労働者間の均衡・均等待遇の確保に関する各種の法規制につながっているわけです。

 雇用対策法から名称の変わるこの法律の第6条には、事業主の責務として、雇用する労働者の労働時間の短縮その他の労働条件の改善その他の労働者が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することができる環境の整備に努めなければならないものとされています。

     今回の法改正は、少子高齢化を背景とした、成長戦略としての労働政策の色彩を帯びており、今後も同様の趣旨の法改正や政策の展開が予想されるところです。

                             

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